「熊猫楽隊(北京市)」の版間の差分
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− | [[北京市第八中学]] | + | [[北京市第八中学]]の中学生によって結成された。メンバーは5人で、「五人幇」と称していた。毎週末学校内で[[ギター]]の練習をしていた。同中学の5年先輩である[[老狼]]も、卒業前には週末、同じように[[ギター]]の練習をしていたため、その頃から音楽を好む学生同士として知り合いであった。練習場所である学校内の音楽教室は鍵がかかっていたが、同中学の音楽教師である李存がバンドを支持してくれたことから、週末は鍵を預かって部屋を開けてもらっていたため、練習することができた点が、バンド活動にとって、とても大きかった。 |
− | + | 1988年1月23日には、[[北京中山公園音楽堂/1988年1月23日|北京中山公園音楽堂]]で行なわれた[[崔健]]のコンサートをみんなで見に行ったが、とても興奮して夜には[[天安門広場]]に行き、人民英雄記念碑の上によじ登り、そして警察に捕まり、一晩ほど派出所の世話を受けたことがある。 | |
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+ | 普段、メンバーはほぼ毎日[[ギター]]を背負って中学に通っており、従業中は[[ギター]]を教室の一番後ろに置いていた。 | ||
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+ | また高校生になってからは、音楽沙龍(サロン)を開いて、同級生達に音楽理論や知識を教えたほか、自ら歌を歌った。 | ||
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+ | メンバーの学校卒業前には解散した。 | ||
賈南と崔文斗は2005年頃から、南合文斗を結成し、同年12月、1stアルバム『混了31年』を発表した。2007年6月、2ndアルバム『陪君酔笑三千場』を発表した。 | 賈南と崔文斗は2005年頃から、南合文斗を結成し、同年12月、1stアルバム『混了31年』を発表した。2007年6月、2ndアルバム『陪君酔笑三千場』を発表した。 |
2023年7月20日 (木) 09:28時点における版
熊猫楽隊 | |
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一番右は崔文斗、右から3番目は賈南。(写真提供:周俭、优蝶) | |
基本情報 | |
中国語名(簡体字) | 熊猫 |
中国語名(繁体字) | 熊貓 |
拼音 | Xiongmao |
発音転記 | ションマオ |
英語名・外国語名 | Panda |
学歴 | 北京市第八中学 |
出身地 | 北京市 |
活動期間 | 1989年 - ? |
メンバー |
賈南 崔文斗 |
熊猫楽隊(ションマオ、Xiangmao)は、1990年前後、北京市で活動していたバンド。
メンバー
- 賈南 ボーカル -- 兄が日本で購入してきたGIBSONギターを愛用していた。1994年、1stアルバム『籠外的鳥』を発売した。2012年、老歌老友楽隊を結成した。2013年8月17日、2013中国・日照海洋国際音楽節で賈南&楽隊としてライブを行なった。
- 崔文斗 ギター
- 張璐 -- のちに清華大学校園歌曲協会第三任会長となった。
経歴
北京市第八中学の中学生によって結成された。メンバーは5人で、「五人幇」と称していた。毎週末学校内でギターの練習をしていた。同中学の5年先輩である老狼も、卒業前には週末、同じようにギターの練習をしていたため、その頃から音楽を好む学生同士として知り合いであった。練習場所である学校内の音楽教室は鍵がかかっていたが、同中学の音楽教師である李存がバンドを支持してくれたことから、週末は鍵を預かって部屋を開けてもらっていたため、練習することができた点が、バンド活動にとって、とても大きかった。
1988年1月23日には、北京中山公園音楽堂で行なわれた崔健のコンサートをみんなで見に行ったが、とても興奮して夜には天安門広場に行き、人民英雄記念碑の上によじ登り、そして警察に捕まり、一晩ほど派出所の世話を受けたことがある。
普段、メンバーはほぼ毎日ギターを背負って中学に通っており、従業中はギターを教室の一番後ろに置いていた。
また高校生になってからは、音楽沙龍(サロン)を開いて、同級生達に音楽理論や知識を教えたほか、自ら歌を歌った。
メンバーの学校卒業前には解散した。
賈南と崔文斗は2005年頃から、南合文斗を結成し、同年12月、1stアルバム『混了31年』を発表した。2007年6月、2ndアルバム『陪君酔笑三千場』を発表した。