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− | * | + | *1998年11月23日 日本・新潟 新潟芸術市民文化会館 ユーラシアオデッセイ-3DAYS-新潟アジア音楽フェスティバル 共演:[[李杰]] |
− | + | *1998年12月 雲南省昆明市 告別毒品98昆明ロックコンサート | |
− | + | *2000年7月15日 - 17日 韓国・釜山 釜山インターナショナルロックフェスティバル2000 | |
− | + | *[[第五伝媒迷笛音楽周/2000年7月|2000年7月 北京市 西単文化広場 第五伝媒迷笛音楽周]] | |
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− | + | *[[第21届世界大学生運動会閉幕式大型文芸演出|2000年9月1日 北京市 第21届世界大学生運動会閉幕式大型文芸演出]] | |
− | + | *[[中国・丹東鴨緑江国際旅遊節開幕式|2002年9月9日 遼寧省丹東市 中国・丹東鴨緑江国際旅遊節開幕式]] | |
− | + | *[[第4届中国電器文化節|2003年2月 浙江温州市 第4届中国電器文化節]] | |
− | + | *[[豪運酒吧(新豪運酒吧)/2004年8月26日|2004年8月26日 北京市 新豪運酒吧]] 呉遥加入後の初メディア披露ライブ | |
− | + | *[[豊台体育中心/2004年9月19日|2004年9月19日 北京市 豊台体育中心]] 旅遊衛視 ファンの集い | |
− | + | *[[迷笛音楽節/2006年5月3日|2006年5月3日 北京市 北京海淀公園 迷笛音楽節]] | |
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2011年8月23日 (火) 01:00時点における版
輪回楽隊 | |
---|---|
基本情報 | |
中国語名(簡体字) | 轮回 |
中国語名(繁体字) | 輪迴 |
拼音 | Lunhui |
発音転記 | ルヌホォイ |
英語名・外国語名 | AGAIN |
別名 | 輪回AGAIN |
出身地 | 北京市 |
ジャンル | ハードロック・民族音楽 |
活動期間 | 1999年末 - |
メンバー |
呉遥 趙衛 李強 周旭 尚巍 |
輪回楽隊(ルヌホォイ、Lunhui)は、北京市で活動しているバンド。日本でもアルバムが発売されている。
メンバー
- 呉遥 ボーカル(2004年8月26日 -) -- 女性。2代目ボーカル。
- 趙衛 ギター(1991年冬 -) -- 前身のバンドから在籍。
- 李強 ギター(1991年冬 -) -- 前身のバンドから在籍。
- 周旭 ベース(1991年冬 -) -- 前身のバンドから在籍。
- 尚巍 ドラム(1999年 -)
過去に在籍したメンバー
- 呉彤(呉桐) ボーカル(1991年末 - 2004年4月27日) -- 初代ボーカル。
- 焦全傑 ドラム(1991年末 - 1993年)
- 馮軍 ドラム(1993年 - 1996年) -- 河北省邯鄲市のライブから加入。
- 王立冬 ドラム(1996年)
サポートメンバー
経歴
北京のバンド。1988年、AGAIN楽隊の前身となるバンドが結成となる。当時のメンバーは、趙衛・李強・周旭ほか、合計5人。当時はコピーバンドとして活動した。1989年には、北京のPARTYに黒豹楽隊らとともに参加、この時初めてオリジナル曲を披露した。 1991年末、北京航空学院でのロックコンサートから呉桐が加わり、メンバーは呉桐(Vo)・趙衛(G)・李強(G)・周旭(B)・焦全傑(Dr)となり、本格的にAGAIN楽隊が活動を始める。正式なバンド名は“AGAIN”という英語名だったが、中国人には分からないということで、“輪廻”という中国語名も付け、結局“輪廻AGAIN楽隊”という名前にした。
わずか15日で10曲のオリジナル曲を仕上げた。メンバー全員が学院(大学)で、音楽を勉強していたこともあり、音楽に対しての拘りはどのバンドにも負けないほど強く、ハードロックに中国民族音楽を取り入れ、独自のスタイルを作り上げていった。
2000年のAGAIN楽隊(『輪廻』の歌詞カードより)
左から:趙衛(G)・尚巍(Dr)・周旭(B)・呉桐(Vo)・李強(G)
1993年、「烽火揚州路」が収録されたオムニバス『揺滾北京』が発売となる。同年開かれた中国各地でのコンサートに参加、邯鄲でのコンサートから、ドラムは馮軍に代わる。
1994年に北京鴻[金太]文化芸術伝播有限公司と2年契約。9月には、瀋陽でコンサートを開く。1995年には1stアルバム『創造』が発売となる。アルバム収録曲の「許多天来我很難過」がヒットチャートにランク入りした。
1996年には上海東方電視台(テレビ)から最優秀バンドと評される。またドラムが王立冬となる。
1997年1月、日本のJVC唱片と契約する。9月には2ndアルバム『心楽集』を発売した。この時、王立冬が脱退していたため、ドラマーは關菲がサポートで参加し、以後正式メンバーではないが、専属ドラマーとしてライブ等で活動した。この頃からバンド名は、“輪廻AGAIN楽隊”を使わず、漢字のみの“輪廻”楽隊となったようだ。
1998年12月20日、北京で行われた‘X2000’より 左から:趙衛(G)・呉桐(Vo) (撮影:YIREN)
『心楽集』は1997年度10大ヒットアルバムの1つとなったほか、収録曲の「花[牛奇]角」は大陸の音楽ヒットチャートで16週連続1位に輝いた。 1998年、日本でも『心楽集』が発売となる。8月28日には、北京の頤和体育広場で行われた“災区賑災義演(チャリティー)”活動に崔健(29日)、臧天朔、麥田守望者らとともに参加した。11月23日、新潟の新潟芸術市民文化会館で行われた“ユーラシアオデッセイ-3DAYS-”新潟アジア音楽フェスティバルに李杰とともに参加した。12月には、“告別毒品(麻薬とさようなら)”98昆明ロックコンサートに参加した。
1999年に竹書文化との契約が切れる。同年、ドラマーが尚巍となる。12月31日には、中央電視台の“新千年元旦晩会”に出演し、中国ロックバンドとしては、初めて同番組に出演したバンドとなった。
2ndアルバムの頃
左から:趙衛(G)・呉桐(Vo)・周旭(B)・李強(G)
2000年元旦には中央電視台の歌番組「同一首歌」に出演した。3月には、「春去春来」が全国有線網の流行歌曲の部で1位となる。また、「春去春来」は鳳凰衛視中文台(テレビ)の音楽無限流行歌曲ランキングで1位となった。5月には、台湾で1stアルバムが発売となる。7月15日から17日には、韓国の釜山で行われた“釜山インターナショナルロックフェスティバル2000”に参加、世界の有名バンドとともにライブを行った。同月、西単文化広場で行われた第五伝媒迷笛音楽周に参加した。9月、“南寧国際民歌芸術節”開幕式大型文芸晩会に出演した。9月16日には、北京のオリンピックスタジアムで行われた“2000年現代音楽演唱会”に参加し、2000年を代表するバンドのひとつに数え上げられた。やがて、滾石唱片発売予定のロックオムニバス『大地之想』に曲「春去春来」を発表した。
2001年1月、北京領先文化芸術有限公司と契約する。5月1日、北京工人体育場で行われた“新北京 新奥運”大型演唱会に出演した。9月1日、“第21届世界大学生運動会”閉幕式大型文芸演出に参加した。12月には、「別譲愛[イ尓]的人流泪」が北京音楽台(ラジオ)で、17週チャートインしたほか、各地のラジオ局で何度も1位となる。
バンド結成当初の写真(『輪廻』の歌詞カードより) 左から:呉桐(Vo)・周旭(B)・趙衛(G)・李強(G)
2002年2月、カバーアルバム『我的太陽』が発売となった。『我的太陽』が発売してから間もない、3月には、3rdアルバム『超越』が発売となった。4月、「別譲愛[イ尓]的人流泪」が“喜之郎音楽風雲榜”で最優秀ロックシングル賞に輝いた。9月9日、“中国・丹東鴨緑江国際旅遊節”開幕式に出演した。 2003年2月、”浙江温州第4届中国電器文化節”に出演した。3月、反戦ソング「鮮花与鋼鉄」を発表した。5月、SARSチャリティーソング「奇跡」を発表した。11月、中国ロック初期の曲を集めたオムニバス『吶喊 為了中国曾経的揺滾』が発売となり、そこに「烽火揚州路」が収録された。
1stアルバムの頃の写真
ロックバンドの中でも、中央電視台の番組に何度も出演しているほか、各地のテレビ局にも出演し、ロックファン以外にも名前が知られており、また音楽が民楽やポップスに近いものが多いため、一般受けすることもあり、各地の大型コンサートや商業的イベントなどに毎月のように出演している。
2004年4月27日、呉[丹彡]が脱退した。8月、女性ボーカルの呉遥が加入した。8月26日、新豪運酒[ロ巴]で呉遥加入後の初メディア披露ライブを行った。9月19日、豊台体育中心で旅遊衛視(テレビ)放送のために、ファンの集いを行った。
2004年の写真 左から:趙衛(G)・李強(G)・呉遥(Vo)・尚巍(Dr)・周旭(B) (撮影:紅蟻視覚工作室、写真:絲憶吉它)
2005年1月、北京大地時代文化伝播有限公司と契約した。 2006年5月3日、北京海淀公園で行われた迷笛音楽節に参加し、3日日のトリを務めた。9月9日、北京朝陽公園で行われた“2006北京流行音楽節-2006騰訊新音楽擂台”にゲスト出演した。10月4日、豪運酒[ロ巴]でライブを行った。11月3日、星光現場音楽庁でライブを行った。12月、4thアルバム『期待』が発売となった。
2007年4月4日、星光現場音楽庁で行われた“STAND UP站起来 慈善募捐演唱会(肺癌となったレコーディングエンジニア・D哥 李國強のためのチャリティライブ)”に参加した。この時、呉[丹彡]が特別参加し、「烽火揚州路」を歌った。5月26日、陝西省西岳華山麓の玉泉院広場で行われた“巨石伝情・情動華山 - 2007中国陝西特別奉献”コンサートに参加した。10月4日、MAOでライブを行った。12月7日、江蘇省徐州の煤海大劇院でコンサートを行った。
2009年5月1日、江蘇省鎮江の優山美地空置区域内で行われた迷笛音楽節に参加した。
ディスコグラフィー
スタジオ・アルバム
プロモーション・EP
- タイトル不明(2000年)
プロモーション・シングル
ソロ発表曲
曲名 | アルバム名 | 発表年 | 備考 |
---|---|---|---|
烽火扬州路 | 揺滾北京 | 1993 | デビュー作品▽この原詞は高校の教科書に必ず載っている |
烽火扬州路 | 揺滾衝撃波1 | 1994 | |
烽火扬州路 | 神揺第一章・・極楽揚州路 | 1994 | 『揺滾北京II』には収録されていない |
烽火扬州路 | 中国揺滾経典 | 1995 | 『揺滾北京』と同じ |
烽火扬州路 | 流行・揺滾 王曉京制作歌曲精選'90~'97 2 | 1997 | 『揺滾北京』と同じ |
烽火扬州路 | 吶喊 為了中国曾経的揺滾 | 2003/11 | 『揺滾北京』と同じ |
烽火扬州路 | 中国揺滾手冊 | 2006/5 | |
山歌 | 神揺第一章・・極楽揚州路 | 1994 | 2ndアルバムとはアレンジが異なる▽『揺滾北京II』も同様 |
在水一方 | 告別的揺滾 | 1995 | |
酒醉的探戈 | 告別的揺滾 | 1995 | |
酒醉的探戈 | 陳琳 秋日柔情北京演唱会 | 2001/2 | 陳琳とデュエット▼VCD |
许多天来我很难过 | 揺滾柔情 | 1996 | クレジットは呉桐与AGAIN楽隊▽1stアルバムと同じ |
不能不说 | 揺滾柔情 | 1996 | クレジットは呉桐与AGAIN楽隊▽1stアルバムと同じ |
爱情 | 揺滾柔情 | 1996 | クレジットは呉桐与AGAIN楽隊▽1stアルバムと同じ |
往事的河流 | 七月一日生 | 1997/7/1 | |
认真 | 20世紀中国揺滾大系1 | 1999 | 2ndアルバムと同じ▽『揺滾衝撃波3』も |
花犄角 | 20世紀中国揺滾大系2 | 1999 | 2ndアルバムと同じ▽『揺滾衝撃波4』も |
花犄角 | 十年輝煌中国歌曲排行榜1993-2002 1997年度十大金曲 | 2003 | |
是否 | 同一首歌 相聚2000大型演唱会 | 2000 | CCTVの歌番組▽羅大佑の曲▼VCD |
是否 | 同一首歌 | 2001 | 以前VCDで出たもの▼DVD |
春去春来 | 揺滾新年 | 2000 | 台湾のオムニバス |
风的精灵 | 階段音楽特輯壹 | 2000/12 | |
喜洋洋 | 相約新北京 同一首歌2002 | 2002 | CCTVの歌番組▼VCD |
别让爱你的人流泪 | 中国語ジャーナル 2003年1月号 | 2002/12 | 日本語タイトルは「君を愛する人を泣かせないで」 |
鲜花与钢铁 | 2003/3 | 反戦ソング▽ホームページ上からダウンロードできる | |
奇迹 | 2003/5 | SARSチャリティーソング▽ホームページ上からダウンロードできる | |
风月笑平生 | 2003 | テレビドラマ『書剣恩仇録』の主題歌▽ホームページ上からダウンロードできる |
参加アルバム
アーティスト・バンド名 | 曲名 | アルバム名 | 発表年 | 参加形態 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
周彤 | 与仏対話 | 1996/8 | 編曲、演奏 | 編曲のクレジットは1曲のみだが、全曲輪回楽隊が演奏を行っている | |
周彤与輪回楽隊 | 因为 所以 | 揺滾北京III | 1997 | 編曲、演奏 | |
複数 | 既然我们是兄弟 | 既然我們是兄弟 | 1999 | ボーカル(複数で) | 非売品 |
出演
媒体 | 曲名 | 収録ソフト名 | 発表年 | 参加形態 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
テレビ | 手拉手 | 同一首歌 新北京新奥運 北京申ban2008奥運会 | 2001 | 演奏(黒豹楽隊・唐朝楽隊・零点楽隊・蛍火虫楽隊とともに) | 2008年オリピック誘致運動コンサートより▼海賊盤VCDあり |
主要なライブ・コンサート
- 1991年12月 北京市 北京航空学院
- 1993年 河北省邯鄲市 ドラム:馮軍
- 1994年9月 遼寧省瀋陽市
- 1998年8月28日 北京市 頤和体育広場 災区賑災義演 蔵天朔・麦田守望者楽隊
- 1998年11月23日 日本・新潟 新潟芸術市民文化会館 ユーラシアオデッセイ-3DAYS-新潟アジア音楽フェスティバル 共演:李杰
- 1998年12月 雲南省昆明市 告別毒品98昆明ロックコンサート
- 2000年7月15日 - 17日 韓国・釜山 釜山インターナショナルロックフェスティバル2000
- 2000年7月 北京市 西単文化広場 第五伝媒迷笛音楽周
- 2000年9月 広西チワン族自治区南寧市 南寧国際民歌芸術節開幕式大型文芸晩会
- 2000年9月16日 北京市 オリンピックスタジアム 2000年現代音楽演唱会
- 2001年5月1日 北京市 北京工人体育場 新北京新奥運大型演唱会
- 2000年9月1日 北京市 第21届世界大学生運動会閉幕式大型文芸演出
- 2002年9月9日 遼寧省丹東市 中国・丹東鴨緑江国際旅遊節開幕式
- 2003年2月 浙江温州市 第4届中国電器文化節
- 2004年8月26日 北京市 新豪運酒吧 呉遥加入後の初メディア披露ライブ
- 2004年9月19日 北京市 豊台体育中心 旅遊衛視 ファンの集い
- 2006年5月3日 北京市 北京海淀公園 迷笛音楽節
- [[2006年9月9日|2006年9月9日、北京朝陽公園で行われた“2006北京流行音楽節-2006騰訊新音楽擂台”にゲスト出演した。10月4日、豪運酒吧でライブを行った。11月3日、星光現場音楽庁でライブを行った。12月、4thアルバム『期待』が発売となった。
2007年4月4日、星光現場音楽庁で行われた“STAND UP站起来 慈善募捐演唱会(肺癌となったレコーディングエンジニア・D哥 李國強のためのチャリティライブ)”に参加した。この時、呉[丹彡]が特別参加し、「烽火揚州路」を歌った。5月26日、陝西省西岳華山麓の玉泉院広場で行われた“巨石伝情・情動華山 - 2007中国陝西特別奉献”コンサートに参加した。10月4日、MAOでライブを行った。12月7日、江蘇省徐州の煤海大劇院でコンサートを行った。
2009年5月1日、江蘇省鎮江の優山美地空置区域内で行われた迷笛音楽節に参加した。
- 1996年 内モンゴル自治区 ナダム音楽祭
- 2000年7月10日 北京市 西単文化広場 第五伝媒迷笛音楽周
- 2010年11月13日 上海市 上海体育場 怒放揺滾英雄演唱会上海站 羅大佑(台湾)・許巍・汪峰・鄭鈞・朴樹・張楚・何勇・唐朝楽隊・黒豹楽隊・輪回楽隊+呉彤・黄家強(香港)・黄立行(台湾)