「PK14楽隊」の版間の差分

提供:Chinese Rock Database
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''''''(、、)は、[[北京市]]で活動しているバンド。
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== メンバー ==
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=== 過去に在籍したメンバー ===
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=== サポートメンバー ===
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== 経歴 ==
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1997年11月に南京で結成された。バンド名のPKは、「Public Kingdom for Teens」の意。メンバーは、楊海崧(Vo)・孫霞(女)(B)・徐鋒(G)・楊森(Dr)。音楽的には、ポストパンクの影響を受けている。12月、南京師範大学礼堂で初めてのライブを行う。
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 1998年、楊森が脱退して華東(Dr)が加入し、徐鋒は脱退して番茄楽隊を結成した。それから、楊海崧はボーカル兼ギターとなり、メンバーは楊海崧(Vo&G)・孫霞(B)・華東(Dr)となった。同年、3人メンバーの時に13曲入りの1stDEMOをレコーディングした。8月28日、南京康橋で行われたRAVE PARTYに参加した。12月13日、南京で行われた“冬眠前最後一次大音量音楽会”に参加した。ライブハウスで積極的に活動を続け、南京では一躍注目を浴びる存在となる。
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 1999年前半、徐鋒(G)が復帰し、楊海崧は再びボーカルに専念する。6月には上京し、17BARや朋友倶楽部、豪運酒[ロ巴]などのライブハウスでライブを行う。
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2008年の写真
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(写真:天下浪子不独我一人、東方熱線論壇)
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 2000年初、南京で2ndDEMO『爛掉[ロ巴]』を制作したが、この時はドラムの華東が父親の病気により脱退していた。
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 北京で活動中であるが、たまに南京でもライブを行っており、10月14日には南京審計学院で、15日には合肥の合肥琴島演芸広場でライブを行った。10月27日、上海でライブを行う。
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 2001年になり、カナダのインディーズレーベルである、EMPTY EGG RECORDSと契約した。2月、華東が脱退し、スウェーデン人のJanathan(雷壇壇)(元・The International Noise Conspiracy)(Dr)が加入する。5月、徐鋒が脱退し、許波(G)が加入した。6月15日、開心楽園でライブを行った。同年秋、1stアルバム『上楼就往左拐』が発売となった。10月31日には、快楽站(Big Easy Bar)で行われたハロウィンロックPARTYに参加した。11月17日には、三里屯火烈鳥酒[ロ巴]でライブを行った。
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南京で活動していた時
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一番右が楊海崧(Vo)
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 2002年1月12日、北京の哈尼酒[ロ巴]でライブを行った。1月18・19日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]でライブを行った。4月、摩登天空BADHEADと契約する。5月24日、杭州の浙江呉山広場で行われた“盛世中華音楽節”に参加した。6月、オムニバス『摩登天空4』に曲を発表した。6月、孫霞が脳出血で倒れ、音楽活動不能となってしまった。8月2日、孫霞のために豪運酒[ロ巴]で“旋転并且懐着希望”チャリティコンサートが開かれた。この時、PK14楽隊は演奏できなかったが、12バンドが参加した。
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 結成以来の主要メンバーが突然活動できなくなったため、バンドは活動休止となる。12月15日、全国農業展覧館2号館で行われた迷笛音楽季に出演したが、施旭東(B)がサポートを務めた。以後、施旭東がサポートから正式なメンバーとなる。12月26日には、CD CAFEで行われたBADHEAD主催のクリスマスPARTYに参加した。
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2003年の写真
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左から:施旭東・楊海崧・雷壇壇・許波
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(摩登天空より)
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 2003年1月15日、CD CAFEでライブを行った。9月6日、豪運酒[ロ巴]でライブを行った。11月28日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。
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 2004年2月、スウェーデンのプロデューサー・Henril Ojaの元でアルバムを製作した。2月14日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。3月20日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。同年前半、任傑(B)が加入し、メンバーが楊海崧(Vo)・許波(G)・任傑(B)・雷壇壇(Dr)となった。8月27日、新豪運酒[ロ巴]でライブを行った。9月18日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。10月、2ndアルバム『誰誰誰和誰誰誰』が発売となり、その宣伝を兼ねて大陸巡演を開始し、10月28日、南京の五台山先鋒書店で、10月29日、南京の爵恩酒[ロ巴]で、10月30・31日、上海の新天地ARKで、11月1日、杭州の31号酒[ロ巴]で、11月3・4日、広州のSOLO[ロ巴]で、11月5・6日、深[土川]の上歩南路根拠地酒[ロ巴]で、11月8日、長沙の発条橙酒[ロ巴]で、11月9日、武漢のWEST BARで、11月10日、武漢の意濃濃酒[ロ巴]で、11月12日、桂林の算了[ロ巴]で、11月14日、昆明の金馬碧鶏坊CD演芸秀[ロ巴]で、11月15日、大理の極地酒[ロ巴]で、11月16日、大理の創庫酒[ロ巴]で、11月18日、重慶の第一現場音楽酒[ロ巴]で、11月19日、成都の小酒館で、11月21日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]で、11月27日、北京の愚公移山酒[ロ巴]で、11月28日、新豪運酒[ロ巴]でライブを行い、ツアーが終了した。12月3日、“北京文化転播現場-撒把芥末”に参加した。
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2004年10月31日、上海の新天地ARKでのライブ
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左から:許波・楊海崧
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(撮影:YIREN)
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 2005年1月7日、愚公移山で行われたスウェーデンのバンド・The International Noise Conspiracyのライブの前座を務めた。1月13日、北京糖果娯楽空間で行われた“Radio Aid--HIT FM88.7印度洋海嘯賑災義演(スマトラ島沖大地震チャリティーコンサート)”に参加した。3月8日、スウェーデンのストックホルムで行われた“Made In China文化節”に参加した。4月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽40』に曲が収録された。4月7日、“Umea Open音楽節”に参加し、オープニングを務めた。その後、The International Noise Conspiracyと共にスウェーデンのNorrkopingやストックホルム、Uppsalaの都市を巡演した。5月17日、ノルウェーのオスロで行われたミュージックフェスティバルに出演した。同月後半から6月後半にかけて、スウェーデンで3rdアルバムのレコーディングを行った。9月から2005年全国ツアーを開始し、9月16日、南京の82号酒[ロ巴]で、9月17日、上海の上海証大現代芸術館で、9月18日、杭州の31号酒[ロ巴]で、9月20日、広州のSOLO[ロ巴]で、9月22日、長沙の魅惑酒[ロ巴]で、9月23日、武漢のVOX酒[ロ巴]で、9月24日、重慶の第一現場音楽倶楽部で、9月25日、成都の小酒館で、9月29日、河南省新郷の王朝酒[ロ巴]でライブを行った。9月末、3rdアルバム『白皮書』が発売となった。9月30日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行い、全国ツアーが終了となった。 
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2004年10月31日、上海の新天地ARKでのライブ
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左から:任傑・楊海崧・雷壇壇・許波
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(撮影:YIREN)
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   2006年5月、CD付きインディーズ雑誌『団結! Vol.2』に曲が収録された。7月21日、広州のBUNKER[ロ巴]でライブを行った。7月22日、深[土川]の世界之窗で行われた“昨天-今天--南中国揺滾音楽節”に参加した。8月5日、D-22でライブを行った。8月16日、星光現場音楽庁でライブを行った。8月19日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。9月29日、D-22でライブを行った。9月30日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。10月1日、北京国際雕塑公園北園で行われた“2006北京首届揺滾[口卑]酒節”に参加した。10月13日、D-22でライブを行った。11月11日、D-22で行われたSMZB楽隊のライブのゲストを務めた。11月15日、星光現場音楽庁でライブを行った。11月15日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。
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 2007年1月6日、無名高地酒[ロ巴]で行われた“拯救革命同志全国連合義演(肥狼のためのチャリティーライブ)”に参加した。5月5日、星光現場音楽庁で行われた迷笛音楽節後舞台に参加した。6月2日、D-22でライブを行った。6月9日、星光現場音楽庁でライブを行った。7月6日、武漢のVOX酒[ロ巴]でライブを行った。7月7日、上海のenoでライブを行った。7月7日、上海の[艸/止]江夢工場でライブを行った。この時、施旭東(B)が再加入していた。7月8日、南京の古堡酒[ロ巴]でライブを行った。7月14日、D-22でライブを行った。7月20日、MAOでライブを行った。7月28日、広州のBUNKER[ロ巴]でライブを行った。7月29日、香港のFringe Galleryでライブを行った。9月5日、D-22でライブを行った。9月8日、D-22でライブを行った。9月9日、北京朝陽公園で行われた“2007北京流行音楽節”HIT FM舞台に参加した。10月1日、ライブDVD『公共王国的旅行』が発売となった。10月2日、北京海淀公園で行われた“摩登天空音楽節”主舞台に参加した。10月6日、MAOでライブを行った。12月1日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。12月7日、南京の古堡酒[ロ巴]でライブを行った。12月8日、上海の育音堂でライブを行った。12月8日、上海の4LIVEでライブを行った。12月9日、上海のCLUB BONBONでライブを行った。12月15日、愚公移山でアメリカのEX MODELSと共にライブを行った。
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 2008年4月4日、MAOでライブを行った。4月12日、上海のWINDOWS TEMPOでライブを行った。4月30日、D-22でライブを行った。5月31日、D-22で行われた[シ文]川大地震チャリティライブに参加した。6月、4thアルバム『城市天気的航行』が発売となった。6月30日、厦門の本色酒[ロ巴]でライブを行った。7月1日、泉州の在路上音楽酒[ロ巴]でライブを行った。7月2日、福州の博客酒[ロ巴]でライブを行った。7月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽77』に曲が収録された。7月、CD付き雑誌『通俗歌曲VOL.369』に曲が収録された。7月31日、南京の極地77酒[ロ巴]でのライブを皮切りに後海大鯊魚楽隊と“愛噪音”ツアーを開始し、8月2日、杭州の老船長酒[ロ巴]で、8月6日、長沙の肆陸酒[ロ巴]で、8月7日、武漢のVOX酒[ロ巴]で、8月9日、西安の月亮鑰匙酒[ロ巴]でライブを行い、全国ツアーは終了となった。8月12日、河南省鄭州の麒麟演義酒[ロ巴]でのライブから再度全国ツアーを行い、9月8日、天津の13CLUB天津店で、9月10日、青島のREDSTARで、9月12日、合肥の革命者酒[ロ巴]で、9月13日、上海の[艸/止]江夢工場で、9月15日、浙江省義烏の隔壁酒[ロ巴]で、9月19日、桂林の算了[ロ巴]で、9月20日、南寧の泊客酒[ロ巴]で、9月23日、雲南省曲靖の57号酒館で、9月25日、貴陽の南方公園酒[ロ巴]で、9月26日、成都の小酒館芳沁店で、10月2日、銀川の街口酒[ロ巴]でライブを行った。
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 2009年3月28日、上海の[艸/止]江夢工場で行われたアメリカのバンド・BATTLESのライブの前座を務めた。4月11日、天津のNIC CLUBでライブを行った。7月18日、上海の[艸/止]江夢工場でアメリカのThese Are PowersやCARSICK CARS楽隊と共にライブを行った。8月29日、天津のNIC CLUBでライブを行った。9月19日、愚公移山でライブを行った。10月4日、北京朝陽公園で行われた“摩登天空音楽節”に参加した。10月、インディーズオムニバス『仮如没有花蕾和詩篇』に曲が収録された。11月4日から11月22日にかけて、CARSICK CARS楽隊・小河と共にアメリカツアーを行った。
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 2010年1月、オムニバス『SING FOR CHINA』に曲が収録された。1月22日、上海のMAO上海店でライブを行った。3月6日、愚公移山でライブを行った。3月11日から4月11日にかけて“THE CHINA INVASION TOUR 2010”アメリカツアーに参加した。
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 かつてメンバーであった楊寶斌(Dr)は2008年、河南省新郷の瘋醫楽隊に加入した。
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== ディスコグラフィー ==
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=== スタジオ・アルバム ===
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*'''[[上楼就往左拐(PK14楽隊)|上楼就往左拐]]'''(2001年)
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*'''[[誰誰誰和誰誰誰(PK14楽隊)|誰誰誰和誰誰誰]]'''(2004年10月)
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*'''[[白皮書(PK14楽隊)|白皮書]]'''(2005年9月26日)
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*'''[[城市天気的航行(PK14楽隊)|城市天気的航行]]'''(2008年6月)
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=== 映像作品 ===
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*'''[[公共王国的旅行(PK14楽隊)|公共王国的旅行]]'''(2007年10月1日)
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=== デモテープ ===
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*'''[[DEMO(PK14楽隊)|DEMO]]'''(1998年)
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*'''[[爛掉吧(PK14楽隊)|爛掉吧]]'''(2000年初)
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=== ソロ発表曲 ===
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=== 出演 ===
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}}
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== 主要なライブ・コンサート ==
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*[[南京市販大学/1997年12月|199712月 江蘇省南京市 南京師範大学礼堂]] 初ライブ
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*[[康橋/1998年8月28日1998年8月28日 江蘇省南京市 康橋]] RAVE PARTY
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*[[冬眠前最後一次大音量音楽会|1998年12月13日 江蘇省南京市 冬眠前最後一次大音量音楽会]]
 
*[[騎士酒吧/2000年7月2日|2000年7月2日 遼寧省瀋陽市 騎士酒吧]]
 
*[[騎士酒吧/2000年7月2日|2000年7月2日 遼寧省瀋陽市 騎士酒吧]]
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*[[/2000年10月14日|2000年10月14日 江蘇省南京市 南京審計学院]]
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*[[/2000年10月15日|2000年10月15日 安徽省合肥市 合肥琴島演芸広場]]
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*[[/2000年10月27日|2000年10月27日 上海市]]
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 2001年になり、カナダのインディーズレーベルである、EMPTY EGG RECORDSと契約した。2月、華東が脱退し、スウェーデン人のJanathan(雷壇壇)(元・The International Noise Conspiracy)(Dr)が加入する。5月、徐鋒が脱退し、許波(G)が加入した。6月15日、開心楽園でライブを行った。同年秋、1stアルバム『上楼就往左拐』が発売となった。10月31日には、快楽站(Big Easy Bar)で行われたハロウィンロックPARTYに参加した。11月17日には、三里屯火烈鳥酒[ロ巴]でライブを行った。
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南京で活動していた時
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一番右が楊海崧(Vo)
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 2002年1月12日、北京の哈尼酒[ロ巴]でライブを行った。1月18・19日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]でライブを行った。4月、摩登天空BADHEADと契約する。5月24日、杭州の浙江呉山広場で行われた“盛世中華音楽節”に参加した。6月、オムニバス『摩登天空4』に曲を発表した。6月、孫霞が脳出血で倒れ、音楽活動不能となってしまった。8月2日、孫霞のために豪運酒[ロ巴]で“旋転并且懐着希望”チャリティコンサートが開かれた。この時、PK14楽隊は演奏できなかったが、12バンドが参加した。
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 結成以来の主要メンバーが突然活動できなくなったため、バンドは活動休止となる。12月15日、全国農業展覧館2号館で行われた迷笛音楽季に出演したが、施旭東(B)がサポートを務めた。以後、施旭東がサポートから正式なメンバーとなる。12月26日には、CD CAFEで行われたBADHEAD主催のクリスマスPARTYに参加した。
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2003年の写真
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左から:施旭東・楊海崧・雷壇壇・許波
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(摩登天空より)
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 2003年1月15日、CD CAFEでライブを行った。9月6日、豪運酒[ロ巴]でライブを行った。11月28日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。
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 2004年2月、スウェーデンのプロデューサー・Henril Ojaの元でアルバムを製作した。2月14日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。3月20日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。同年前半、任傑(B)が加入し、メンバーが楊海崧(Vo)・許波(G)・任傑(B)・雷壇壇(Dr)となった。8月27日、新豪運酒[ロ巴]でライブを行った。9月18日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。10月、2ndアルバム『誰誰誰和誰誰誰』が発売となり、その宣伝を兼ねて大陸巡演を開始し、10月28日、南京の五台山先鋒書店で、10月29日、南京の爵恩酒[ロ巴]で、10月30・31日、上海の新天地ARKで、11月1日、杭州の31号酒[ロ巴]で、11月3・4日、広州のSOLO[ロ巴]で、11月5・6日、深[土川]の上歩南路根拠地酒[ロ巴]で、11月8日、長沙の発条橙酒[ロ巴]で、11月9日、武漢のWEST BARで、11月10日、武漢の意濃濃酒[ロ巴]で、11月12日、桂林の算了[ロ巴]で、11月14日、昆明の金馬碧鶏坊CD演芸秀[ロ巴]で、11月15日、大理の極地酒[ロ巴]で、11月16日、大理の創庫酒[ロ巴]で、11月18日、重慶の第一現場音楽酒[ロ巴]で、11月19日、成都の小酒館で、11月21日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]で、11月27日、北京の愚公移山酒[ロ巴]で、11月28日、新豪運酒[ロ巴]でライブを行い、ツアーが終了した。12月3日、“北京文化転播現場-撒把芥末”に参加した。
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2004年10月31日、上海の新天地ARKでのライブ
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左から:許波・楊海崧
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(撮影:YIREN)
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 2005年1月7日、愚公移山で行われたスウェーデンのバンド・The International Noise Conspiracyのライブの前座を務めた。1月13日、北京糖果娯楽空間で行われた“Radio Aid--HIT FM88.7印度洋海嘯賑災義演(スマトラ島沖大地震チャリティーコンサート)”に参加した。3月8日、スウェーデンのストックホルムで行われた“Made In China文化節”に参加した。4月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽40』に曲が収録された。4月7日、“Umea Open音楽節”に参加し、オープニングを務めた。その後、The International Noise Conspiracyと共にスウェーデンのNorrkopingやストックホルム、Uppsalaの都市を巡演した。5月17日、ノルウェーのオスロで行われたミュージックフェスティバルに出演した。同月後半から6月後半にかけて、スウェーデンで3rdアルバムのレコーディングを行った。9月から2005年全国ツアーを開始し、9月16日、南京の82号酒[ロ巴]で、9月17日、上海の上海証大現代芸術館で、9月18日、杭州の31号酒[ロ巴]で、9月20日、広州のSOLO[ロ巴]で、9月22日、長沙の魅惑酒[ロ巴]で、9月23日、武漢のVOX酒[ロ巴]で、9月24日、重慶の第一現場音楽倶楽部で、9月25日、成都の小酒館で、9月29日、河南省新郷の王朝酒[ロ巴]でライブを行った。9月末、3rdアルバム『白皮書』が発売となった。9月30日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行い、全国ツアーが終了となった。 
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2004年10月31日、上海の新天地ARKでのライブ
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左から:任傑・楊海崧・雷壇壇・許波
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(撮影:YIREN)
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   2006年5月、CD付きインディーズ雑誌『団結! Vol.2』に曲が収録された。7月21日、広州のBUNKER[ロ巴]でライブを行った。7月22日、深[土川]の世界之窗で行われた“昨天-今天--南中国揺滾音楽節”に参加した。8月5日、D-22でライブを行った。8月16日、星光現場音楽庁でライブを行った。8月19日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。9月29日、D-22でライブを行った。9月30日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。10月1日、北京国際雕塑公園北園で行われた“2006北京首届揺滾[口卑]酒節”に参加した。10月13日、D-22でライブを行った。11月11日、D-22で行われたSMZB楽隊のライブのゲストを務めた。11月15日、星光現場音楽庁でライブを行った。11月15日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。
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 2007年1月6日、無名高地酒[ロ巴]で行われた“拯救革命同志全国連合義演(肥狼のためのチャリティーライブ)”に参加した。5月5日、星光現場音楽庁で行われた迷笛音楽節後舞台に参加した。6月2日、D-22でライブを行った。6月9日、星光現場音楽庁でライブを行った。7月6日、武漢のVOX酒[ロ巴]でライブを行った。7月7日、上海のenoでライブを行った。7月7日、上海の[艸/止]江夢工場でライブを行った。この時、施旭東(B)が再加入していた。7月8日、南京の古堡酒[ロ巴]でライブを行った。7月14日、D-22でライブを行った。7月20日、MAOでライブを行った。7月28日、広州のBUNKER[ロ巴]でライブを行った。7月29日、香港のFringe Galleryでライブを行った。9月5日、D-22でライブを行った。9月8日、D-22でライブを行った。9月9日、北京朝陽公園で行われた“2007北京流行音楽節”HIT FM舞台に参加した。10月1日、ライブDVD『公共王国的旅行』が発売となった。10月2日、北京海淀公園で行われた“摩登天空音楽節”主舞台に参加した。10月6日、MAOでライブを行った。12月1日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。12月7日、南京の古堡酒[ロ巴]でライブを行った。12月8日、上海の育音堂でライブを行った。12月8日、上海の4LIVEでライブを行った。12月9日、上海のCLUB BONBONでライブを行った。12月15日、愚公移山でアメリカのEX MODELSと共にライブを行った。
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 2008年4月4日、MAOでライブを行った。4月12日、上海のWINDOWS TEMPOでライブを行った。4月30日、D-22でライブを行った。5月31日、D-22で行われた[シ文]川大地震チャリティライブに参加した。6月、4thアルバム『城市天気的航行』が発売となった。6月30日、厦門の本色酒[ロ巴]でライブを行った。7月1日、泉州の在路上音楽酒[ロ巴]でライブを行った。7月2日、福州の博客酒[ロ巴]でライブを行った。7月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽77』に曲が収録された。7月、CD付き雑誌『通俗歌曲VOL.369』に曲が収録された。7月31日、南京の極地77酒[ロ巴]でのライブを皮切りに後海大鯊魚楽隊と“愛噪音”ツアーを開始し、8月2日、杭州の老船長酒[ロ巴]で、8月6日、長沙の肆陸酒[ロ巴]で、8月7日、武漢のVOX酒[ロ巴]で、8月9日、西安の月亮鑰匙酒[ロ巴]でライブを行い、全国ツアーは終了となった。8月12日、河南省鄭州の麒麟演義酒[ロ巴]でのライブから再度全国ツアーを行い、9月8日、天津の13CLUB天津店で、9月10日、青島のREDSTARで、9月12日、合肥の革命者酒[ロ巴]で、9月13日、上海の[艸/止]江夢工場で、9月15日、浙江省義烏の隔壁酒[ロ巴]で、9月19日、桂林の算了[ロ巴]で、9月20日、南寧の泊客酒[ロ巴]で、9月23日、雲南省曲靖の57号酒館で、9月25日、貴陽の南方公園酒[ロ巴]で、9月26日、成都の小酒館芳沁店で、10月2日、銀川の街口酒[ロ巴]でライブを行った。
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 2009年3月28日、上海の[艸/止]江夢工場で行われたアメリカのバンド・BATTLESのライブの前座を務めた。4月11日、天津のNIC CLUBでライブを行った。7月18日、上海の[艸/止]江夢工場でアメリカのThese Are PowersやCARSICK CARS楽隊と共にライブを行った。8月29日、天津のNIC CLUBでライブを行った。9月19日、愚公移山でライブを行った。10月4日、北京朝陽公園で行われた“摩登天空音楽節”に参加した。10月、インディーズオムニバス『仮如没有花蕾和詩篇』に曲が収録された。11月4日から11月22日にかけて、CARSICK CARS楽隊・小河と共にアメリカツアーを行った。
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 2010年1月、オムニバス『SING FOR CHINA』に曲が収録された。1月22日、上海のMAO上海店でライブを行った。3月6日、愚公移山でライブを行った。3月11日から4月11日にかけて“THE CHINA INVASION TOUR 2010”アメリカツアーに参加した。
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 かつてメンバーであった楊寶斌(Dr)は2008年、河南省新郷の瘋醫楽隊に加入した。
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*[[新天地ARK/2004年10月31日|2004年10月31日 上海市 新天地ARK]]
 
*[[新天地ARK/2004年10月31日|2004年10月31日 上海市 新天地ARK]]
 
*[[算了吧/2004年11月12日|2004年11月12日 広西チワン族自治区桂林市 算了吧]]
 
*[[算了吧/2004年11月12日|2004年11月12日 広西チワン族自治区桂林市 算了吧]]
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*[[D-22/2011年12月31日|2011年12月31日 北京市 D-22]]
 
*[[D-22/2011年12月31日|2011年12月31日 北京市 D-22]]
 
*[[愚公移山/2012年11月30日|2012年11月30日 北京市 愚公移山]]
 
*[[愚公移山/2012年11月30日|2012年11月30日 北京市 愚公移山]]
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== 外部リンク ==
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2013年8月27日 (火) 06:44時点における版

基本情報
出身地 北京市
メンバー



ファイル:11.jpg
(写真:)

'(、、)は、北京市で活動しているバンド。

メンバー

過去に在籍したメンバー

サポートメンバー

経歴

1997年11月に南京で結成された。バンド名のPKは、「Public Kingdom for Teens」の意。メンバーは、楊海崧(Vo)・孫霞(女)(B)・徐鋒(G)・楊森(Dr)。音楽的には、ポストパンクの影響を受けている。12月、南京師範大学礼堂で初めてのライブを行う。  1998年、楊森が脱退して華東(Dr)が加入し、徐鋒は脱退して番茄楽隊を結成した。それから、楊海崧はボーカル兼ギターとなり、メンバーは楊海崧(Vo&G)・孫霞(B)・華東(Dr)となった。同年、3人メンバーの時に13曲入りの1stDEMOをレコーディングした。8月28日、南京康橋で行われたRAVE PARTYに参加した。12月13日、南京で行われた“冬眠前最後一次大音量音楽会”に参加した。ライブハウスで積極的に活動を続け、南京では一躍注目を浴びる存在となる。

 1999年前半、徐鋒(G)が復帰し、楊海崧は再びボーカルに専念する。6月には上京し、17BARや朋友倶楽部、豪運酒[ロ巴]などのライブハウスでライブを行う。



2008年の写真

(写真:天下浪子不独我一人、東方熱線論壇)


 2000年初、南京で2ndDEMO『爛掉[ロ巴]』を制作したが、この時はドラムの華東が父親の病気により脱退していた。

 北京で活動中であるが、たまに南京でもライブを行っており、10月14日には南京審計学院で、15日には合肥の合肥琴島演芸広場でライブを行った。10月27日、上海でライブを行う。

 2001年になり、カナダのインディーズレーベルである、EMPTY EGG RECORDSと契約した。2月、華東が脱退し、スウェーデン人のJanathan(雷壇壇)(元・The International Noise Conspiracy)(Dr)が加入する。5月、徐鋒が脱退し、許波(G)が加入した。6月15日、開心楽園でライブを行った。同年秋、1stアルバム『上楼就往左拐』が発売となった。10月31日には、快楽站(Big Easy Bar)で行われたハロウィンロックPARTYに参加した。11月17日には、三里屯火烈鳥酒[ロ巴]でライブを行った。


南京で活動していた時

一番右が楊海崧(Vo)

 2002年1月12日、北京の哈尼酒[ロ巴]でライブを行った。1月18・19日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]でライブを行った。4月、摩登天空BADHEADと契約する。5月24日、杭州の浙江呉山広場で行われた“盛世中華音楽節”に参加した。6月、オムニバス『摩登天空4』に曲を発表した。6月、孫霞が脳出血で倒れ、音楽活動不能となってしまった。8月2日、孫霞のために豪運酒[ロ巴]で“旋転并且懐着希望”チャリティコンサートが開かれた。この時、PK14楽隊は演奏できなかったが、12バンドが参加した。  結成以来の主要メンバーが突然活動できなくなったため、バンドは活動休止となる。12月15日、全国農業展覧館2号館で行われた迷笛音楽季に出演したが、施旭東(B)がサポートを務めた。以後、施旭東がサポートから正式なメンバーとなる。12月26日には、CD CAFEで行われたBADHEAD主催のクリスマスPARTYに参加した。



2003年の写真

左から:施旭東・楊海崧・雷壇壇・許波
(摩登天空より)

 2003年1月15日、CD CAFEでライブを行った。9月6日、豪運酒[ロ巴]でライブを行った。11月28日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。

 2004年2月、スウェーデンのプロデューサー・Henril Ojaの元でアルバムを製作した。2月14日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。3月20日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。同年前半、任傑(B)が加入し、メンバーが楊海崧(Vo)・許波(G)・任傑(B)・雷壇壇(Dr)となった。8月27日、新豪運酒[ロ巴]でライブを行った。9月18日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。10月、2ndアルバム『誰誰誰和誰誰誰』が発売となり、その宣伝を兼ねて大陸巡演を開始し、10月28日、南京の五台山先鋒書店で、10月29日、南京の爵恩酒[ロ巴]で、10月30・31日、上海の新天地ARKで、11月1日、杭州の31号酒[ロ巴]で、11月3・4日、広州のSOLO[ロ巴]で、11月5・6日、深[土川]の上歩南路根拠地酒[ロ巴]で、11月8日、長沙の発条橙酒[ロ巴]で、11月9日、武漢のWEST BARで、11月10日、武漢の意濃濃酒[ロ巴]で、11月12日、桂林の算了[ロ巴]で、11月14日、昆明の金馬碧鶏坊CD演芸秀[ロ巴]で、11月15日、大理の極地酒[ロ巴]で、11月16日、大理の創庫酒[ロ巴]で、11月18日、重慶の第一現場音楽酒[ロ巴]で、11月19日、成都の小酒館で、11月21日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]で、11月27日、北京の愚公移山酒[ロ巴]で、11月28日、新豪運酒[ロ巴]でライブを行い、ツアーが終了した。12月3日、“北京文化転播現場-撒把芥末”に参加した。


2004年10月31日、上海の新天地ARKでのライブ 左から:許波・楊海崧

(撮影:YIREN)

 2005年1月7日、愚公移山で行われたスウェーデンのバンド・The International Noise Conspiracyのライブの前座を務めた。1月13日、北京糖果娯楽空間で行われた“Radio Aid--HIT FM88.7印度洋海嘯賑災義演(スマトラ島沖大地震チャリティーコンサート)”に参加した。3月8日、スウェーデンのストックホルムで行われた“Made In China文化節”に参加した。4月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽40』に曲が収録された。4月7日、“Umea Open音楽節”に参加し、オープニングを務めた。その後、The International Noise Conspiracyと共にスウェーデンのNorrkopingやストックホルム、Uppsalaの都市を巡演した。5月17日、ノルウェーのオスロで行われたミュージックフェスティバルに出演した。同月後半から6月後半にかけて、スウェーデンで3rdアルバムのレコーディングを行った。9月から2005年全国ツアーを開始し、9月16日、南京の82号酒[ロ巴]で、9月17日、上海の上海証大現代芸術館で、9月18日、杭州の31号酒[ロ巴]で、9月20日、広州のSOLO[ロ巴]で、9月22日、長沙の魅惑酒[ロ巴]で、9月23日、武漢のVOX酒[ロ巴]で、9月24日、重慶の第一現場音楽倶楽部で、9月25日、成都の小酒館で、9月29日、河南省新郷の王朝酒[ロ巴]でライブを行った。9月末、3rdアルバム『白皮書』が発売となった。9月30日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行い、全国ツアーが終了となった。

2004年10月31日、上海の新天地ARKでのライブ 左から:任傑・楊海崧・雷壇壇・許波

(撮影:YIREN)

   2006年5月、CD付きインディーズ雑誌『団結! Vol.2』に曲が収録された。7月21日、広州のBUNKER[ロ巴]でライブを行った。7月22日、深[土川]の世界之窗で行われた“昨天-今天--南中国揺滾音楽節”に参加した。8月5日、D-22でライブを行った。8月16日、星光現場音楽庁でライブを行った。8月19日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。9月29日、D-22でライブを行った。9月30日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。10月1日、北京国際雕塑公園北園で行われた“2006北京首届揺滾[口卑]酒節”に参加した。10月13日、D-22でライブを行った。11月11日、D-22で行われたSMZB楽隊のライブのゲストを務めた。11月15日、星光現場音楽庁でライブを行った。11月15日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。  2007年1月6日、無名高地酒[ロ巴]で行われた“拯救革命同志全国連合義演(肥狼のためのチャリティーライブ)”に参加した。5月5日、星光現場音楽庁で行われた迷笛音楽節後舞台に参加した。6月2日、D-22でライブを行った。6月9日、星光現場音楽庁でライブを行った。7月6日、武漢のVOX酒[ロ巴]でライブを行った。7月7日、上海のenoでライブを行った。7月7日、上海の[艸/止]江夢工場でライブを行った。この時、施旭東(B)が再加入していた。7月8日、南京の古堡酒[ロ巴]でライブを行った。7月14日、D-22でライブを行った。7月20日、MAOでライブを行った。7月28日、広州のBUNKER[ロ巴]でライブを行った。7月29日、香港のFringe Galleryでライブを行った。9月5日、D-22でライブを行った。9月8日、D-22でライブを行った。9月9日、北京朝陽公園で行われた“2007北京流行音楽節”HIT FM舞台に参加した。10月1日、ライブDVD『公共王国的旅行』が発売となった。10月2日、北京海淀公園で行われた“摩登天空音楽節”主舞台に参加した。10月6日、MAOでライブを行った。12月1日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。12月7日、南京の古堡酒[ロ巴]でライブを行った。12月8日、上海の育音堂でライブを行った。12月8日、上海の4LIVEでライブを行った。12月9日、上海のCLUB BONBONでライブを行った。12月15日、愚公移山でアメリカのEX MODELSと共にライブを行った。

 2008年4月4日、MAOでライブを行った。4月12日、上海のWINDOWS TEMPOでライブを行った。4月30日、D-22でライブを行った。5月31日、D-22で行われた[シ文]川大地震チャリティライブに参加した。6月、4thアルバム『城市天気的航行』が発売となった。6月30日、厦門の本色酒[ロ巴]でライブを行った。7月1日、泉州の在路上音楽酒[ロ巴]でライブを行った。7月2日、福州の博客酒[ロ巴]でライブを行った。7月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽77』に曲が収録された。7月、CD付き雑誌『通俗歌曲VOL.369』に曲が収録された。7月31日、南京の極地77酒[ロ巴]でのライブを皮切りに後海大鯊魚楽隊と“愛噪音”ツアーを開始し、8月2日、杭州の老船長酒[ロ巴]で、8月6日、長沙の肆陸酒[ロ巴]で、8月7日、武漢のVOX酒[ロ巴]で、8月9日、西安の月亮鑰匙酒[ロ巴]でライブを行い、全国ツアーは終了となった。8月12日、河南省鄭州の麒麟演義酒[ロ巴]でのライブから再度全国ツアーを行い、9月8日、天津の13CLUB天津店で、9月10日、青島のREDSTARで、9月12日、合肥の革命者酒[ロ巴]で、9月13日、上海の[艸/止]江夢工場で、9月15日、浙江省義烏の隔壁酒[ロ巴]で、9月19日、桂林の算了[ロ巴]で、9月20日、南寧の泊客酒[ロ巴]で、9月23日、雲南省曲靖の57号酒館で、9月25日、貴陽の南方公園酒[ロ巴]で、9月26日、成都の小酒館芳沁店で、10月2日、銀川の街口酒[ロ巴]でライブを行った。

 2009年3月28日、上海の[艸/止]江夢工場で行われたアメリカのバンド・BATTLESのライブの前座を務めた。4月11日、天津のNIC CLUBでライブを行った。7月18日、上海の[艸/止]江夢工場でアメリカのThese Are PowersやCARSICK CARS楽隊と共にライブを行った。8月29日、天津のNIC CLUBでライブを行った。9月19日、愚公移山でライブを行った。10月4日、北京朝陽公園で行われた“摩登天空音楽節”に参加した。10月、インディーズオムニバス『仮如没有花蕾和詩篇』に曲が収録された。11月4日から11月22日にかけて、CARSICK CARS楽隊・小河と共にアメリカツアーを行った。

 2010年1月、オムニバス『SING FOR CHINA』に曲が収録された。1月22日、上海のMAO上海店でライブを行った。3月6日、愚公移山でライブを行った。3月11日から4月11日にかけて“THE CHINA INVASION TOUR 2010”アメリカツアーに参加した。

 かつてメンバーであった楊寶斌(Dr)は2008年、河南省新郷の瘋醫楽隊に加入した。


ディスコグラフィー

スタジオ・アルバム

映像作品

デモテープ

ソロ発表曲 

曲名アルバム名発表年備考
蓝色的月亮
蓝色的月亮
自杀现场
内心是潮湿的
内心是潮湿的
假如明天来临
关于K
关于K
这辆红色的列车
神的名字
说话的借口
说话的借口
STORM EYES
北方的另歌
我会在南京路上等你
TELL THE CHILDRENSIXTEEN DAYS IN CHINA2008/8▼DVD挿入曲
TELL THE CHILDRENSING FOR CHINA2010/1
每一种分离背后的疼痛兵馬行空 MAYBE MARS 2007~2009 VOL.12009/9
每一种分离背后的疼痛仮如没有花蕾和詩篇2009/10
每一种分离背后的疼痛THE CHINA INVASION TOUR 20102010/3
穿过河提THE CHINA INVASION TOUR 20102010/3

出演

媒体曲名収録ソフト名発表年参加形態備考
DVD愛噪音2009/1/17ライブ映像など

主要なライブ・コンサート

 2001年になり、カナダのインディーズレーベルである、EMPTY EGG RECORDSと契約した。2月、華東が脱退し、スウェーデン人のJanathan(雷壇壇)(元・The International Noise Conspiracy)(Dr)が加入する。5月、徐鋒が脱退し、許波(G)が加入した。6月15日、開心楽園でライブを行った。同年秋、1stアルバム『上楼就往左拐』が発売となった。10月31日には、快楽站(Big Easy Bar)で行われたハロウィンロックPARTYに参加した。11月17日には、三里屯火烈鳥酒[ロ巴]でライブを行った。


南京で活動していた時

一番右が楊海崧(Vo)

 2002年1月12日、北京の哈尼酒[ロ巴]でライブを行った。1月18・19日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]でライブを行った。4月、摩登天空BADHEADと契約する。5月24日、杭州の浙江呉山広場で行われた“盛世中華音楽節”に参加した。6月、オムニバス『摩登天空4』に曲を発表した。6月、孫霞が脳出血で倒れ、音楽活動不能となってしまった。8月2日、孫霞のために豪運酒[ロ巴]で“旋転并且懐着希望”チャリティコンサートが開かれた。この時、PK14楽隊は演奏できなかったが、12バンドが参加した。  結成以来の主要メンバーが突然活動できなくなったため、バンドは活動休止となる。12月15日、全国農業展覧館2号館で行われた迷笛音楽季に出演したが、施旭東(B)がサポートを務めた。以後、施旭東がサポートから正式なメンバーとなる。12月26日には、CD CAFEで行われたBADHEAD主催のクリスマスPARTYに参加した。



2003年の写真

左から:施旭東・楊海崧・雷壇壇・許波
(摩登天空より)

 2003年1月15日、CD CAFEでライブを行った。9月6日、豪運酒[ロ巴]でライブを行った。11月28日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。

 2004年2月、スウェーデンのプロデューサー・Henril Ojaの元でアルバムを製作した。2月14日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。3月20日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。同年前半、任傑(B)が加入し、メンバーが楊海崧(Vo)・許波(G)・任傑(B)・雷壇壇(Dr)となった。8月27日、新豪運酒[ロ巴]でライブを行った。9月18日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。10月、2ndアルバム『誰誰誰和誰誰誰』が発売となり、その宣伝を兼ねて大陸巡演を開始し、10月28日、南京の五台山先鋒書店で、10月29日、南京の爵恩酒[ロ巴]で、10月30・31日、上海の新天地ARKで、11月1日、杭州の31号酒[ロ巴]で、11月3・4日、広州のSOLO[ロ巴]で、11月5・6日、深[土川]の上歩南路根拠地酒[ロ巴]で、11月8日、長沙の発条橙酒[ロ巴]で、11月9日、武漢のWEST BARで、11月10日、武漢の意濃濃酒[ロ巴]で、11月12日、桂林の算了[ロ巴]で、11月14日、昆明の金馬碧鶏坊CD演芸秀[ロ巴]で、11月15日、大理の極地酒[ロ巴]で、11月16日、大理の創庫酒[ロ巴]で、11月18日、重慶の第一現場音楽酒[ロ巴]で、11月19日、成都の小酒館で、11月21日、西安の八又二分之一酒[ロ巴]で、11月27日、北京の愚公移山酒[ロ巴]で、11月28日、新豪運酒[ロ巴]でライブを行い、ツアーが終了した。12月3日、“北京文化転播現場-撒把芥末”に参加した。


2004年10月31日、上海の新天地ARKでのライブ 左から:許波・楊海崧

(撮影:YIREN)

 2005年1月7日、愚公移山で行われたスウェーデンのバンド・The International Noise Conspiracyのライブの前座を務めた。1月13日、北京糖果娯楽空間で行われた“Radio Aid--HIT FM88.7印度洋海嘯賑災義演(スマトラ島沖大地震チャリティーコンサート)”に参加した。3月8日、スウェーデンのストックホルムで行われた“Made In China文化節”に参加した。4月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽40』に曲が収録された。4月7日、“Umea Open音楽節”に参加し、オープニングを務めた。その後、The International Noise Conspiracyと共にスウェーデンのNorrkopingやストックホルム、Uppsalaの都市を巡演した。5月17日、ノルウェーのオスロで行われたミュージックフェスティバルに出演した。同月後半から6月後半にかけて、スウェーデンで3rdアルバムのレコーディングを行った。9月から2005年全国ツアーを開始し、9月16日、南京の82号酒[ロ巴]で、9月17日、上海の上海証大現代芸術館で、9月18日、杭州の31号酒[ロ巴]で、9月20日、広州のSOLO[ロ巴]で、9月22日、長沙の魅惑酒[ロ巴]で、9月23日、武漢のVOX酒[ロ巴]で、9月24日、重慶の第一現場音楽倶楽部で、9月25日、成都の小酒館で、9月29日、河南省新郷の王朝酒[ロ巴]でライブを行った。9月末、3rdアルバム『白皮書』が発売となった。9月30日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行い、全国ツアーが終了となった。

2004年10月31日、上海の新天地ARKでのライブ 左から:任傑・楊海崧・雷壇壇・許波

(撮影:YIREN)

   2006年5月、CD付きインディーズ雑誌『団結! Vol.2』に曲が収録された。7月21日、広州のBUNKER[ロ巴]でライブを行った。7月22日、深[土川]の世界之窗で行われた“昨天-今天--南中国揺滾音楽節”に参加した。8月5日、D-22でライブを行った。8月16日、星光現場音楽庁でライブを行った。8月19日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。9月29日、D-22でライブを行った。9月30日、無名高地酒[ロ巴]でライブを行った。10月1日、北京国際雕塑公園北園で行われた“2006北京首届揺滾[口卑]酒節”に参加した。10月13日、D-22でライブを行った。11月11日、D-22で行われたSMZB楽隊のライブのゲストを務めた。11月15日、星光現場音楽庁でライブを行った。11月15日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。  2007年1月6日、無名高地酒[ロ巴]で行われた“拯救革命同志全国連合義演(肥狼のためのチャリティーライブ)”に参加した。5月5日、星光現場音楽庁で行われた迷笛音楽節後舞台に参加した。6月2日、D-22でライブを行った。6月9日、星光現場音楽庁でライブを行った。7月6日、武漢のVOX酒[ロ巴]でライブを行った。7月7日、上海のenoでライブを行った。7月7日、上海の[艸/止]江夢工場でライブを行った。この時、施旭東(B)が再加入していた。7月8日、南京の古堡酒[ロ巴]でライブを行った。7月14日、D-22でライブを行った。7月20日、MAOでライブを行った。7月28日、広州のBUNKER[ロ巴]でライブを行った。7月29日、香港のFringe Galleryでライブを行った。9月5日、D-22でライブを行った。9月8日、D-22でライブを行った。9月9日、北京朝陽公園で行われた“2007北京流行音楽節”HIT FM舞台に参加した。10月1日、ライブDVD『公共王国的旅行』が発売となった。10月2日、北京海淀公園で行われた“摩登天空音楽節”主舞台に参加した。10月6日、MAOでライブを行った。12月1日、両個好朋友酒[ロ巴]でライブを行った。12月7日、南京の古堡酒[ロ巴]でライブを行った。12月8日、上海の育音堂でライブを行った。12月8日、上海の4LIVEでライブを行った。12月9日、上海のCLUB BONBONでライブを行った。12月15日、愚公移山でアメリカのEX MODELSと共にライブを行った。

 2008年4月4日、MAOでライブを行った。4月12日、上海のWINDOWS TEMPOでライブを行った。4月30日、D-22でライブを行った。5月31日、D-22で行われた[シ文]川大地震チャリティライブに参加した。6月、4thアルバム『城市天気的航行』が発売となった。6月30日、厦門の本色酒[ロ巴]でライブを行った。7月1日、泉州の在路上音楽酒[ロ巴]でライブを行った。7月2日、福州の博客酒[ロ巴]でライブを行った。7月、CD付き雑誌『我愛揺滾楽77』に曲が収録された。7月、CD付き雑誌『通俗歌曲VOL.369』に曲が収録された。7月31日、南京の極地77酒[ロ巴]でのライブを皮切りに後海大鯊魚楽隊と“愛噪音”ツアーを開始し、8月2日、杭州の老船長酒[ロ巴]で、8月6日、長沙の肆陸酒[ロ巴]で、8月7日、武漢のVOX酒[ロ巴]で、8月9日、西安の月亮鑰匙酒[ロ巴]でライブを行い、全国ツアーは終了となった。8月12日、河南省鄭州の麒麟演義酒[ロ巴]でのライブから再度全国ツアーを行い、9月8日、天津の13CLUB天津店で、9月10日、青島のREDSTARで、9月12日、合肥の革命者酒[ロ巴]で、9月13日、上海の[艸/止]江夢工場で、9月15日、浙江省義烏の隔壁酒[ロ巴]で、9月19日、桂林の算了[ロ巴]で、9月20日、南寧の泊客酒[ロ巴]で、9月23日、雲南省曲靖の57号酒館で、9月25日、貴陽の南方公園酒[ロ巴]で、9月26日、成都の小酒館芳沁店で、10月2日、銀川の街口酒[ロ巴]でライブを行った。

 2009年3月28日、上海の[艸/止]江夢工場で行われたアメリカのバンド・BATTLESのライブの前座を務めた。4月11日、天津のNIC CLUBでライブを行った。7月18日、上海の[艸/止]江夢工場でアメリカのThese Are PowersやCARSICK CARS楽隊と共にライブを行った。8月29日、天津のNIC CLUBでライブを行った。9月19日、愚公移山でライブを行った。10月4日、北京朝陽公園で行われた“摩登天空音楽節”に参加した。10月、インディーズオムニバス『仮如没有花蕾和詩篇』に曲が収録された。11月4日から11月22日にかけて、CARSICK CARS楽隊・小河と共にアメリカツアーを行った。

 2010年1月、オムニバス『SING FOR CHINA』に曲が収録された。1月22日、上海のMAO上海店でライブを行った。3月6日、愚公移山でライブを行った。3月11日から4月11日にかけて“THE CHINA INVASION TOUR 2010”アメリカツアーに参加した。

 かつてメンバーであった楊寶斌(Dr)は2008年、河南省新郷の瘋醫楽隊に加入した。



外部リンク

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